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七夕とは?2015年の七夕は何曜日?日本の七夕と世界の七夕

7月7日は七夕です。
2015年の7月7日は火曜日で、2016年の7月7日は木曜日となっています。
ともに平日ですが、全国各地の商店街は鮮やかな色の短冊に彩られ、普段より活気が増すことでしょう。

 
七夕は短冊に願いを書いて笹に吊す、現代の日本人にとってなじみの深い行事ですが、その由来には紆余曲折があるようです。
また7月7日は世界各国でも天の川が見られ、それにちなんだ伝説と行事が地域に根付いています。
我が国の七夕祭りの由来と、世界各国の7月7日にちなんだ伝説について見ていきましょう。

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七夕の概要と由来

諸説ある七夕祭りの由来ですが、「棚機(たなばた)」「織り姫彦星伝説」「乞巧奠(きこうでん)」の三つの行事が組み合わさったという説が有力です。

「棚機(たなばた)」
選ばれた乙女が神様に着物を織って棚に飾り、秋の豊作を祈る日本古来からの神事です。
七夕を「たなばた」と呼ぶようになったのもここから来ています。

「織り姫彦星伝説」
周知の通り、年に一度織り姫と彦星が巡り会うという、中国発祥の伝説です。
天の川を挟んで輝く琴座のベガと蟹座のアルタイルを、巡り会う織り姫と彦星になぞらえています。

「乞巧奠(きこうでん)」
7月7日に女性が機織りや裁縫の上達を祈願する中国の行事です。
乞巧奠から転じて日本では短冊に願い事を書くようになりました。

 

日本における七夕

20150507_1日本における七夕は、平安時代の宮中行事が起源です。
中国から七夕が伝わった当時、宮中の人々は梶の木に和歌を書いて願い事をしていました。

庶民の行事として全国に広がったのは江戸時代です。
七夕が五節句の一つとなり、短冊に願い事を書き始めます。
江戸時代の人々は詩歌や習い事の上達を願い、星に祈りを捧げました。

 

織り姫と彦星の伝説が七夕に加わるのは、現代においてです。
人々は、織り姫と彦星が年に一度待ちに待った再会をするように、自分の願いも叶えたいと短冊に願い事を書いて、笹や竹の葉に飾るようになりました。
なぜ笹や竹なのかは不明ですが、笹や竹には昔から不思議な力があると言われ、それにあやかったものと思われます。

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フィンランドの七夕

20150507_2七夕は日本や中華圏の国々だけでなく、北欧においても祝われています。
北欧における七夕の伝説は以下のようなものです。

あるところに仲むつまじい夫婦がいました。
他界した後、二人は別々の天に上がり、星となりましたが、二人は死後も一緒にいることをあきらめませんでした。
別々の天にいても逢えるように、二人は星屑をすくって橋を作りました。それが天の川です。

北欧においては、天の川を天にかかるあの世の橋に見立てているのです。

 

ギリシャの七夕

harp神話の多いギリシャにおいても、七夕にまつわる伝説があります。
琴座のベガにまつわる悲しい言い伝えです。

 
昔ギリシャに、琴がとても上手な青年オルフェウスがいました。
オルフェウスは美しい少女エウリディケと恋に落ちますが、ある日少女は毒蛇に噛まれて死んでしまいます。
悲しみに暮れるオルフェウスはあの世まで行き、あの世の大王にエウリディケを蘇らせるよう懇願し、ついに大王の心を動かしました。

 
しかしあの世から帰る途中でエウリディケを見失ってしまい、結局オルフェウスは一人で現世に帰ります。
その後オルフェウスは酔っ払った女に殺されますが、死後も悲しい琴の音は止まることなく鳴り続けたため、神ゼウスによって琴は星座にされたのでした。

 

まとめ

日本における七夕は、元々神に織物を捧げる行事でした。
織り姫彦星伝説が加わって現在の形になったのは、最近のことのようです。
また、日本や中国圏以外においても様々な伝説が伝わっており、北欧やギリシャの伝説でもそのストーリー上で男女が再会しようとします。
7月7日・七夕の日に、天の川を見ると、誰もがロマンチックな気分になるのかもしれません。

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